プロジェクト事例

頓挫したプロジェクトの責任を、裁判所はどう分けたか スルガ銀行事件と旭川医大事件

同じ頓挫でも、支払いを命じられた側は正反対だった

システム開発が途中で崩れ、当事者が法廷まで行った事件が2つある。どちらも数十億円規模で、どちらも最後まで動くシステムにはならなかった。そして結論は正反対になった。

スルガ銀行と日本IBMの事件では、ベンダである日本IBMに41億7210万3169円の支払いが命じられた。旭川医科大学とNTT東日本の事件では、発注者である旭川医科大学に14億1501万9523円の支払いが命じられている。片方はベンダが負け、もう片方は発注者が負けた。

この2件を並べて読むと、プロジェクトマネジメントの義務がどこから始まり、どこで終わるのかという輪郭が見えてくる。判決文は法律家に向けて書かれているが、そこで判断されているのは、進捗が崩れはじめたときにPMが何を言い、何を残したかという、日常の実務そのものである。

確定した2件の判決の対照

スルガ銀行 対 日本IBM旭川医科大学 対 NTT東日本
対象システム勘定系システム病院情報管理システム(電子カルテ)
確定した判決東京高裁 平成25年9月26日札幌高裁 平成29年8月31日
支払いを命じられた側ベンダ(日本IBM)発注者(旭川医科大学)
金額41億7210万3169円14億1501万9523円
ベンダのPM義務違反認められた認められなかった
発注者の協力義務違反認められなかった認められた
金額はいずれも判決主文による。出典:東京高判平成25年9月26日、札幌高判平成29年8月31日。スルガ銀行事件は平成27年7月8日の最高裁決定により確定している。旭川医科大学事件も上告が受理されず確定したとされるが、最高裁の決定文そのものは確認できていない。

社内では1年以上前から、このままではいかないと分かっていた

スルガ銀行の事件で、日本IBMの担当者は法廷でこう証言している。「平成17年1月から、控訴人内部では、このままではいかないという認識があった。意を決して被控訴人に対して話をしたのが、平成17年10月のステアリング・コミッティの時であり、平成17年12月に、大きな準備をしてab専務に話したのが一番大きな転機である。(中略)金額の話自体は、平成18年後半に入ってからした」

専務の陳述書にも、最終合意を結んだ当時の認識が残っている。「最悪の場合、開発ができずにプロジェクトが終わってしまうこともあり得るのではないかと思われた」

つまり気づいていなかったわけではない。危機は社内で共有されていた。それでも金額という最も具体的な話が発注者に届くまでに、1年半以上かかっている。

予算の出発点にも事情があった。契約前の平成16年7月、スルガ銀行の社長は開発経費の負担を70億から75億に抑えたいという強い意向を示している。判決はこの点について、当該予算は「同種プロジェクトの開発実績に基づいて積算した額とは必ずしもいいがたく」と述べた。積み上げた見積もりではなく、先に決まった枠だったということである。

スルガ銀行事件で、危機の認識が発注者に届くまで

時期起きたこと
平成16年7月スルガ銀行社長が開発経費を70億から75億に抑えたい意向を表明
平成16年9月基本合意を締結。95億円内での稼働実現を確約する規定を置く
平成17年1月日本IBM社内で「このままではいかない」との認識が生じる
平成17年5月最終合意の内容を固められず、期限を9月末へ延期
平成17年9月30日最終合意を締結。支払総額89億7080万円、サービスイン予定を平成20年1月4日と明記
平成18年後半コストの話が発注者に持ち込まれる
平成19年7月18日スルガ銀行が全契約を解除
出典:東京高判平成25年9月26日の認定事実および同判決が引用する証言・陳述書。

裁判所が名指しした一点は、最終合意を結んだ日だった

判決は、義務違反が生じた時点を平成17年9月30日、つまり最終合意を締結した日に特定した。その前に支出された費用は損害から除かれ、それ以降の支出だけが賠償の対象になっている。一審が74億円あまりを認めたのに対し、控訴審が41億円あまりに減らしたのは、この線引きによる。

裁判所が見たのは、その日の時点でどこまで分かっていたか、である。「本件最終合意締結のころには、当初予定していた開発費用、開発スコープ及び開発期間内に収めて本件システムを開発することが不可能であることが明らかとなり、開発計画を続けてシステムを完成させるのであれば、開発費用、開発スコープ及び開発期間のいずれか、あるいはその全部を抜本的に見直すことにするか、それが困難であるならば、開発そのものを断念するかも含めて決定しなければならない局面に至ったものである」

そのうえで、何を言うべきだったかを具体的に述べている。「開発費用、開発スコープ及び開発期間のいずれか、あるいはその全部を抜本的に見直す必要があることについて説明し、適切な見直しを行わなければ、本件システム開発を進めることができないこと、その結果、従来の投入費用、更には今後の費用が無駄になることがあることを具体的に説明し、ユーザーである被控訴人の適切な判断を促す義務があった」

さらに踏み込んで、中止の提言までが義務の射程に入るとした。「開発進行上の危機を回避するための適時適切な説明と提言をし、仮に回避し得ない場合には本件システム開発の中止をも提言する義務があった」

ここまで払った金が無駄になるかもしれない、と発注者に向かって言う。それが義務だと裁判所は言っている。実務でこれを言い出すのが最も難しいことは、判決を書いた側も承知のうえだろう。

覚書に書いてある、では通らなかった

日本IBMは、最終合意と同時に「プロジェクトの基本的な運営に関する覚書」を結んでおり、そこでリスクは告知していたと主張した。この反論を、判決は正面から退けている。

覚書には「両者は従来型の発想にとらわれることなく、革新的なアプローチを柔軟に取り入れるよう対応する」「システムの実現方式として、パッケージ・ソリューション適用の基本を共通に認識し、カスタマイゼーションを最小限にとどめるよう対応する」といった条項が並んでいた。判決はこれを「抽象的な内容が記載されているにとどまり」と評し、「この段階における危険性の告知として十分とはいいがたく、速やかな抜本的な計画変更、計画の中止の提言を含む具体的な不利益の告知があったということはできない」と結論づけた。

ステアリング・コミッティで「費用面を考慮して取捨選択が必要である」と指摘していた点についても、抜本的な変更を求めるものではなくその延長線上にとどまるとして、義務を果たしたことにはならないとされている。

実務への含意ははっきりしている。リスクを伝えたかどうかは、伝えた側の意識ではなく、具体的な数字と選択肢が相手に渡ったかどうかで判定される。「懸念は共有していました」は、後から見れば何も言っていないのと同じ扱いになる。

要望が止まらないまま、ベンダの側が勝った事件

旭川医科大学の事件は、構図がほぼ裏返しである。電子カルテの導入をめぐり、要件定義の段階から現場の医師や職員の追加要望が噴き出し、収まらなかった。

NTT東日本は平成21年3月以降、専門部会などで繰り返し、要望の多くは仕様の範囲外であり、対応すれば稼働日に間に合わないと説明している。そして同年7月7日、625項目の追加要望を受け入れる代わりに、以後は画面や帳票、操作性に関わるものも含めて一切の追加要望を出さないという合意を取り付けた。仕様凍結合意と呼ばれるものである。稼働日も同時に約3か月後ろへ動かした。

それでも要望は続いた。NTT東日本は、凍結合意の後に大学から出た開発対象外の要望が171項目あると主張し、一覧表にして特定している。ただしこれはベンダ側の主張であって、裁判所が実際に開発対象外と認定したのは124項目である。判決はこの点の立証責任をベンダ側に負わせたうえで、それでもこの数を認めた。

紛争の原因について、判決は発注者側を名指ししている。「本件の紛争の根本的な原因は、一審原告が、現行の運用の維持に固執する現場の医師らの要望を十分に反映させないまま本件要求仕様書等を取りまとめて本件契約を締結したこと、にもかかわらず、その後、(中略)現場の医師らの追加開発要望を抑えるための努力を放棄し、一審被告がその対応に当たらざるを得なかったことにあった」

協力が滞った様子は、一審判決の認定に具体的に残っている。ベンダが作成した処置マスタの内容確認を各診療科に依頼したところ、期限から約2か月が過ぎた時点でも回答したのは20診療科のうち9診療科だけだった。最終回答期限を切り直してもなお、6診療科が回答しなかった。看護師長は多忙を理由に、医師は自分の所属する診療科以外は詳細を理解していないことを理由に、確認と検証を行わなかったとされている。

一審は説得しろと言い、控訴審は合意を取り付ければ足りると言った

この事件は一審と控訴審で結論がひっくり返っている。旭川地裁は責任割合を大学2対NTT東日本8とし、双方に支払いを命じた。札幌高裁はこれを変更し、大学の請求を全部退けたうえで、大学にのみ約14億円の支払いを命じた。実質的に10対0である。

分かれ目は、凍結合意を取り付けた後にベンダがどこまでやるべきだったか、という一点にあった。

一審はこう述べていた。「被告としては、本来、本件仕様凍結合意後の原告からの開発要望に対しては、同合意を理由に追加開発を拒絶するか、代替案を示したり運用の変更を提案するなどして原告に開発要望を取り下げさせる、あるいは専門部会にこの問題を上程して開発方針について協議するなどの適切な対応を採るべきであった」。関係悪化を避けたい事情は理解できるとしつつ、「毅然とした対応を採らず、開発要望に応じた結果、完成が遅滞したとしても、そのことをもって被告が免責されるとはいえない」とした。

控訴審の判断はここで逆を向く。ベンダは「追加開発要望に応じた場合は納期を守ることができないことを明らかにした上で、追加開発要望の拒否(本件仕様凍結合意)を含めた然るべき対応をしたものと認められる」としたうえで、「これを越えて、一審被告において、納期を守るためには更なる追加開発要望をしないよう注文者(一審原告)を説得したり、一審原告による不当な追加開発要望を毅然と拒否したりする義務があったということはできず」と述べた。

同じ事実を見て、一審は説得まで求め、控訴審は合意の取り付けで足りるとした。確定したのは控訴審の立場である。この点を取り違えて一審の説示を現在の規範として紹介している解説が実際にあるので、引用元がどちらの審級かは確認したほうがいい。

もうひとつの分かれ目は完成の判定だった。控訴審は、初期段階で軽微なバグが出るのは技術的に避けられず、納品後の対応も織り込み済みであるとして、業務を遂行できる状態であれば完成と見るべきだとし、6486項目のうち未了は1項目だけだったと認定している。

2つを並べると、義務の下限と上限が出る

スルガ銀行の判決は、これをやらなければ義務違反になるという下限を示した。旭川医科大学の判決は、ここまでやれば義務は果たしているという上限を示した。2つを重ねると、あいだに実務の輪郭が残る。

下限は、危機を認識した時点で、具体的な数字と選択肢を発注者に渡すことである。見直すのか、中止するのか。続けるならこれまでの投資が無駄になる可能性があること。これらを抽象的な文言ではなく具体的に伝える。

上限は、そこまでである。相手を説得しきる義務も、不当な要求を毅然と拒否する義務も、裁判所は課さなかった。

つまり分水嶺は、言ったか、そして記録に残したかであって、説得できたか、プロジェクトを救えたかではない。ここは実務感覚と法的な評価がずれやすいところだと思う。現場では止められなかった時点で敗北に感じられるが、責任の判定はその手前で行われている。

2件の判決から読み取れるPM義務の範囲

区分内容根拠
やらなければ義務違反になる危機を認識した時点で、見直しか中止かの選択肢と、既存の投資が無駄になり得ることを具体的に説明する東京高判平成25年9月26日
やっても義務を果たしたことにならない抽象的な文言でのリスク告知。方針の延長線上にとどまる指摘同上
ここまでで義務を果たしたことになる納期を守れないことを明示し、追加要望の拒否を含む合意を取り付ける札幌高判平成29年8月31日
義務として課されていない相手を説得しきること。不当な要求を毅然と拒否すること同上
いずれも確定した控訴審の判断による。一審は旭川医科大学事件で説得まで求めていたが、控訴審で否定された。

議事録が、あとから唯一の味方になる

スルガ銀行の事件で、日本IBMは議事録の証拠価値を争った。銀行側に修正されたもので実態を反映していない、という主張である。裁判所はこれを退け、次のように述べた。

「議事録を確定するに当たっては、控訴人及び被控訴人は、議事録によって作業を記録化することの意義を十分に認識しつつ、その内容と表現を検討して、会議の実態を反映したものとして、記載内容を確定させたものと推認することができる。特に控訴人はシステム開発を業とする者であり、このような議事録作成の意義と方法を当然熟知していた」

何年も経ってから当時の状況を再現するとき、裁判所が見るのは記憶ではなく記録である。ステアリング・コミッティの議事録が、そのまま事実認定の土台になった。

旭川医科大学の事件でも同じ構造が働いている。NTT東日本は凍結合意の後、その内容を確認する覚書の案を出したが、大学はこれに応じず、覚書は作られなかった。それでもベンダが勝てたのは、専門部会で繰り返し説明した経緯が記録に残っていたためである。

この2件から引ける実務上の結論はひとつしかない。会議で言ったことは、議事録に残らなければ言わなかったことになる。逆に言えば、言いにくいことを言った記録は、その場では角が立っても、あとで自分を守る唯一の材料になる。

PMが一人で背負わなくていいもの

PMの仕事は、板挟みのなかで進めることに尽きる。発注者の要望、メンバーからの反発、上からの期限。全部を同時に満たす解がないと分かっていても、止める判断は自分が下すことになる。だから遅れを認める報告は、いつも遅れる。

2つの判決が示しているのは、その重さの一部は、そもそも一人で背負うものではないということである。日本IBMが問われたのは、プロジェクトを救えなかったことではなく、救えないかもしれないと分かった時点で、具体的な数字を出して相手に判断させなかったことだった。NTT東日本が免れたのは、要望を止められたからではなく、止まらないことを明示して合意を取り付けていたからである。

言って、記録に残す。裁判所が見ていたのはそこだった。それで事態が好転しなかったとしても、責任の判定はそこで区切られている。

ただしこれは法廷での責任配分の話であって、社内での評価や、失った信頼の回復とは別の問題である。判決に勝ったところで案件は消えている。スルガ銀行の事件は提訴から確定まで7年、旭川医科大学の事件も提訴から控訴審判決まで6年以上かかった。その間ずっと、当時のプロジェクトの記録を読み返す作業が続く。

また、2件はいずれも数十億円規模の大規模開発であり、契約書も議事録も整った体制のもとで争われている。同じ判断枠組みが、口頭で話が進む小規模な案件にそのまま及ぶとは限らない。旭川医科大学の事件で一審と控訴審が同じ事実を正反対に評価したことからも分かるように、判決から一般則を引き出すことには限界がある。ここに書いたのは、確定した2件がどう判断したかという事実であって、次の事件がどう判断されるかの予測ではない。

出典・参考

公開情報および各機関の一次情報をもとに、PMアンカー編集部が作成・更新しています。事実関係は出典を明記し、内容は定期的に見直しています。

同じような経験をされた方へ

PMアンカーでは、現役のプロジェクトマネージャーの方に取材をしています。 うまくいった話より、むしろ大変だった話をお聞きしたいと思っています。 止められなかった案件、言い出せなかった報告、後から効いた判断。 差し支えのない範囲で結構です。

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